雲の上から

雲の上から見下ろされたい

カラフト伯父さん

3回観ました。

 

<あらすじ>

舞台は2005年の神戸。阪神淡路大震災から10年経った後も、以前の活気は戻らない。そんな街で一人鉄工所で働く青年・徹。彼の元に「カラフト伯父さん」こと父親の悟郎が元ストリッパーの恋人・仁美を連れて表れる。徹の母親・千鶴子と離婚後、東京で出版社を経営していたが、唯一のヒットは宮沢賢治樺太旅行の足跡を辿った本のみで、ついに首が回らなくなり徹に金をせびりに来たのだ。

今更何しにきたんや、と当然ながら徹は冷たい。しかし行き場のない悟郎は仁美と共に鉄工所に居座る。一緒に生活するうちに徐々に仁美には心を開いていく徹。妊娠している仁美を不器用ながら気遣い、荷物を持ってあげ、名前入りの椅子まで作ってあげる。だが実の父親には冷たい態度を取り続けるのだった。

給料を前借りした、と突然札束を渡す徹。このお金で東京に戻って自己破産しよう、もう一度やり直そう、とはしゃぐ仁美。しかしカラフト伯父さんは東京行きの切符を仁美の分しか買わず、後は飲み代にすってしまうのだった。

酔っ払った悟郎は、お前はなぜそんなに俺を嫌う?と執拗に徹に問いかける。小競り合いの末に徹はとうとう本心を激白する。

何でもよく知っている自慢の父親だと思っていた。母親が死んだ時に「伯父さんはサザンクロスみたいに遠くから徹をピカピカピカピカ照らしているよ」と言ってくれた。それを信じて、地震が起きた時、お母さんの再婚相手が死んだ時、辛い時にはいつも「カラフト伯父さん、助けてください」と叫んでいた。けれど助けは来なかった。それが何で今更やってくるんだ……と悲痛に叫ぶ。そんな徹を悟郎は抱きしめ、「カラフト伯父さん、遅くなりましたが、今来ました!」と叫ぶのだった。

軽トラに荷物を積み込み、徹と再会を誓った悟郎と仁美が東京へ出発するシーンで舞台は幕を下ろす。

 

・この舞台が釈然としないことについて

徹くんの喪失感は本当に涙が出るくらいよくわかる。その喪失感が埋められて、よし再出発!となれば「喪失と再生の物語」として処理できる。

なのに肝心の喪失感の埋め立てが雑!!悟郎は結局表立った反省は何もしないし、それどころか「カラフト伯父さん、遅くなりましたが、今夜徹の元にやって来ました!」(台詞はニュアンス)って……あんたが来たのは徹くんを助けるためでも何でもなく、自分が金に困ったからでしょうが。それが何で正義のヒーロー気取り??

でもなぜかそれで徹くんは納得しちゃうんだよね。ここが本当に謎。

結局徹くんは親からの愛情がほしかっただけなのか……?お父さんが自分の方を向いてくれて、仁美さんから母性愛のようなものを感じて、それで今までの喪失感は昇華されてしまったのでしょうか。

 

・伊野尾くんについて

伊野尾くんには本当に驚かされた。「うっさいわ!!」という第一声から、別人のようだった。

終盤の「ほんたうのさいはひは、いつ来るんやカラフト伯父さん」という言葉を聞いた瞬間、涙があふれてきてびっくりした。子供のようないたいけさと純真さが胸に迫ってきた。軽トラの上で虚空を見て独白する伊野尾くんの姿はずっと忘れられない。

お遊び的なちょっとしたシーンはああ、伊野尾くんだなーと思ったけれどそれもまた楽しいし可愛かったから良し。

可愛かったところ覚え書き

  • 点かないストーブをひしと抱きしめる伊野尾くん
  • 給料日前で「すっからか〜〜んじゃ♪」(お財布ひらひらさせて脚をクロス)
  • バナナを早食いする伊野尾くん
  • チョコブラウニー1個、バナナ2本と公演中に結構なカロリーを摂取する伊野尾くん
  • カップラーメンの粉を几帳面に開ける伊野尾くん。とんとんして粉を片側に寄せてから封を切っていた。(……これは演出か?洗濯物のシーンといい、徹くんは几帳面なタイプのように見受けられたし。)
  • 「(洗濯物の)パンツでかくない?」と仁美さんに指摘され、「ちょうどや!」とぷんすこする伊野尾くん
  • ストリッパー芸を語る仁美さんに「えっ……ちょっと理解が追いつかないです……」とピュアな反応をする伊野尾くん(ウルトラかわいい)
  • 仁美さんを椅子に座らせるときに、「いち、に、いち、に……」と雑な感じのかけ声をかけてくれる伊野尾くん(お兄ちゃんかっこいい)
  • 軽トラのミラーが曲がっているのを升さんに指摘される伊野尾くん
  • 軽トラがエンストしちゃう伊野尾くん
  • アンコールで段の上に立って両手をひらひらっとさせてロイヤルお手振りしてくれる伊野尾くん

・とにかく悟郎にいいところが見出せない

なぜ調子のよいことばかり言って行動が伴わない悟郎の言葉を仁美と徹くんは信じられるのか?

悟郎のいいところは劇中で語られるところによると「何でもよく知ってる」インテリってところなんだけどエピソードがないから納得感がない。

 

樺太とカラフト伯父さん

樺太は妹のとし子を亡くした後、宮沢賢治が訪れた場所。劇中でカラフト伯父さんが語るところによれば、賢治はカラフトで亡くなったとし子と交信しようとしたらしい。この樺太旅行で賢治が着想を得たという『銀河鉄道の夜』で、カンパネルラとジョバンニが最初にたどり着く「白鳥の島」は、樺太にある白鳥湖であるとも言われている。

つまり樺太は死に近いところなのだ。

悟郎はこの宮沢賢治樺太旅行に取材した本で唯一のヒットを出した。離婚後、徹に悟郎を「お父さん」と呼ばせたくなかった千鶴子は、カラフト伯父さんと呼ばせた。千鶴子さんが自分の死期を悟っていたとしたら、悟郎に自分と徹を繋ぐ交信場所のようになってほしかったのかもしれない。

 

・ほんたうのさいはひについて

お母さんは死んだんじゃない、ほんたうのさいはひを探しにいったんだよ、と幼い徹に説いた悟郎。これもまぁ、残酷な台詞ですよね……死んでしまったなら諦めもつくけれど、本当の幸せを探しにいったってどういうこと??自分といる時は幸せではなかったということ??と思ってしまっても仕方ないと思う。

 

・総括

釈然としないところもあったりするけれど、この作品を伊野尾くんの初主演舞台としてチョイスした有能な方に金一封お渡ししたい。東日本大震災に積極的に関わってきた伊野尾くんだからこそ震災で断絶された家族、街というテーマに思うところがあっただろうし、3人芝居、シリアスな部分もコメディパートもあり、長台詞あり、関西弁ありというチャレンジングな要素を着実に乗り越えている伊野尾くんがかっこ良くて眩しくて惚れた。

これまで伊野尾くんのプロ根性が表れていたのは、「学業と芸能の両立」だったかと思うのだけど、伊野尾くんは自分から学業の大変さを積極的に語ることがなかったから、ファンとして声高に「伊野尾くんかっこいい!!」と喝采を送ることができなかった。「芸能」一本でこんなにも一生懸命に美しく輝くんだね、伊野尾くんという人は……これからのますますのご活躍をお祈りしています。